「今日は本当にありがとう」

 モリスン夫妻との会食を終え、二人は並んで歩いていた。

「礼を言われるようなことは何もしていない。ただ、騙まし討ちのようなことは、やはり
しないほうが良い」

「パパのことなら、本当に・・・」

「父上のことは、何となくそうなるだろうと予想はしていた。幸い何とかなったことだし、
それは良い。だが、私が言っているのはそのことではない」

「あなたが教官だったってこと、言ってなかったから?」

 この期に及んでしらばっくれるわけにもいかず、ミゼットは罰の悪そうな声を出した。

「黙っていたところで、いつかはわかることだろう」

「それはそうだけど、でも。やっぱり言えなかった」

「ご両親が先に私の正体を知ったら、門前払いだったと?」

「そんな人たちじゃないと思うけど、でもゼロじゃなかったし」

 ともかくまずは彼の人となりを知って欲しかった。その上で、折を見て打ち明ければそ
れで良いと思った。

「それは君が大事だからだ」

「ゼイン?」

 確かに自分にも非はあるが、それにしても何故そこまでゼインが拘るのか、彼女には
理解出来ない。

「いいかい、ミゼット。いくつになっても、ご両親は君のことが心配なんだよ。親なんだから
当然だろう」

「はい」

 思えば、今目の前にいるこの男も少し前までは自分の親代わりだった。そう思い、ミゼッ
トは神妙に返事を返す。

「だから、裏切るようなことはしてはいけない。良いね?」

「わかりました」

「それに、もし反対されたところで、簡単に君を諦めたりしない」

 どうして彼は、こうも嬉しい言葉をサラリと言えてしまうのだろう。ミゼットは居ても立って
もいられなくなる。

「こら、ミゼット。やめなさい、こんなところで」

「大丈夫。誰も居やしない」

 この喜びを家まで我慢するなんて拷問だと思った。ミゼットはゼインの首の辺りに飛び
つき、離れようとしない。

「それもそうだ」

 らしからぬ意味深な言葉に、ミゼットの動きが止まる。だが、気付いたときにはもう遅い。
彼はミゼットを封じ、そのままお尻に手を振り下ろす。

「ちょっと!」

 パシンという意外に大きな音に、彼女は耳まで赤くなる。

「やめて!ゼイン!!こんなところで・・・」

「誰も居やしないのだろう?」

「いや!!ごめんなさい!」

 不敵に笑うゼインを前に、ミゼットが絶叫する。顔を見ながら打たれるのがこうも恥ずか
しいとは思わなかった。ぎゃあぎゃあと喚きながら、それでも彼女は大いに満たされていた。


 了 2010.10.27 「ママと箱入り娘」ぜひこえを聴く