タリウスは怒りに燃えていた。

 彼は一昨日の晩からほぼ一睡もせず、ひとり弟の捜索を続けていた。王都からここまでに
あるすべての街に立ち寄り、少しの労も厭わず情報を集めた。無論公安に対しても礼を尽く
し、極めて丁重に情報を提供してもらえるよう求めた。

 そして、ここへ来てついに弟の足跡を掴んだ。しかし、そこで公安のあまりにお粗末な対応
に腸が煮えくり返りそうになった。何故、見知らぬ土地で年端のいかない子供をひとり返した
のか、理解に苦しむ。

 彼は思わず役人の胸ぐらを掴みかけたが、わずかに残った理性がその手を離させた。自
分が捕縛されたら、弟を救出することが出来なくなる。

 この街のどこかに必ず弟がいる、そう自分を奮い立たせ、街中を捜し歩いた。

 突然、目の前を小さな少女が全力で駆けて来る。何の気なしに見ると、菓子屋から飛び出
して来たようである。

 反射的に弟のことが脳裏に浮かんだ。こんなことになるなら、うるさいことを言わずに菓子
でも何でももっと買い与えてやれば良かった。場違いな後悔をしながら、彼は店を通り過ぎ
ようとした。

「シェール?」

 店先に見付けた懐かしい姿に、一瞬幻を見たかと思った。

「お兄ちゃん?!」

 だが、その声も身体も間違いなく弟のものだった。全身が熱くなる。

「なんで…」

 弟の言葉はそこで途切れ、甲高い音と共に右頬が赤く染まる。焼けるような痛みは皮膚を
通り抜け、すぐさま骨まで到達した。シェールはその熱を確かめるように利き手をあてがう。

「ごめん…なさい」

「この大馬鹿者が!!ごめんで済んだら軍も公安も俺も、要らない!」

 頬の痛みよりもむしろ、懐かしい怒声に涙が滲み出て来る。

「どれだけ心配したと思っている!」

 タリウスは弟を捕らえ、今度は思い切りお尻を叩く。

「うあぁっ!」

 最初の一撃で、シェールは昨日の後遺症が思ったより重篤なことを実感した。だが、もち
ろんタリウスのほうはそんなことを知る由もなく、痛がるシェールをなおも打った。

「い、いやぁ」

 今回ばかりは兄が怒るのも無理ないと思った。それ故、なんとかこのきついお仕置きを我
慢しようと努めたが、無理なものは無理だった。両手でお尻を庇い、嫌々と首を振った。

「こら!シェール!!」

「あーん!ごめんなさい!明日か明後日になったらちゃんとお仕置き受けるからぁ。今日は
もう無理ぃ」

 タリウスは弟の台詞に眉をひそめる。それほどたくさん叩いたわけでもないのに、こうも大
袈裟に痛がるのは何故だろう。

「何があった?」

 おもむろに弟の着衣を脱がせ、彼は目を見張った。お尻がほんのりと赤く染まっているの
は自分のせいだとして、その下には青く変色した筋がいくつも浮かび上がっている。

「いろいろ、いっぱい」

 とてもではないが一言では語り尽くせない。思い出したら、また涙が出て来た。

「まったく、泣きたいのはこっちだ」

 それ以上は我慢が出来ず、タリウスは幼子を抱き締める。やわらかく、あたたかな感触に、
二日振りの安堵を得た。

「来て、くれたんだ」

「当たり前だろう」

 泣きじゃくる弟の顔を両手で挟む。目頭が熱くなった。

「こんなところで一体何をやっているんだ」

「んーと…。そうだ!あのね、すっごく言いにくいんだけど」

「あ?」

 弟は何かを思い出したらしく、ぴたりと泣くのを止めた。

「今、僕ここで働いてて、親方が戻るまで店番してなきゃならないんだけど。泣いた顔で店に
出るなって言われてて、だから…」

 続く言葉に、タリウスはみるみる色を失った。


「シェール!これはいくらだ」

「それ?ちょっと待って」

 子供に群がられ、タリウスは背後の弟に助けを求めた。一体何の因果で菓子屋の店先に
立たなければならないのだろうか。見る人が見れば自分が軍人だと丸分かりである。こんな
ことが上官にでも知れたら、そう考えたら目眩がした。

「坊主、遅くなって悪かった…な?!」

 帰った早々、アッシュはつんどめりそうになった。出掛けに留守を預けた子供の姿はなく、
代わりに見知らぬ、それもごつい男が店を切り回していた。

「あ、親方!」

「お前、いくら俺の帰りが遅いからって、勝手に用心棒を雇うこたあないだろ」