ここ最近、シェールは専ら探検ごっこにはまっていた。

 それまで、街の広場が彼の遊び場であったが、ひょんなことから迷い込んだ裏路地とそ
の先に続く空地に今ではすっかり夢中になった。町外れの空地は、人気がなく淋しい場所
である反面、自分が何をしようが誰かに見咎められることもない。知らない場所をひとりで
探検するのは、少しだけ大人になった気がしてなんだかわくわくする。

 くだんの兄は、子供が遊ぶところではないと一蹴したが、それでも目下のところ黙認して
いる。真っ向から禁じても、かえって弟の興味をかき立てるだけだと思ったからだ。それ故、
日が落ちたら近付くなと言うに止まった。

「あれ、もう夕方だ」

 楽しい時間はあっというまに過ぎる。明日も明後日もまた来られるとわかっていても、今
日という日は一日限りなのだ。しかし、兄との約束を違えれば、必ずと言って良いほど後悔
することもまたしかり。名残惜しいが仕方ない。

 加えて、今日はこの後、ミゼットが訪ねて来る約束があったと思い出す。彼女は時折やっ
てきては面白い話を聞かせてくれ、また欲しいものをこっそり買ってくれたりもする。

 考えたら急に楽しみになって、シェールは廃材の山から飛び下り、元来た道を歩き出した。

「あれ…?」

 廃屋の前を通り過ぎようとして、彼はある種の違和感を感じる。ここは既に攻略済みの場
所であるが、今日は何だか様子が違う。やがて、いつもは堅く閉じられている入り口がほん
の少し開いていることに気付く。

 彼は前に来たときと同じように、崩れた壁の隙間から器用に屋内へ侵入した。きょろきょろ
と辺りを見回すと、遠くで何かが光るのが見える。光りに誘われるように、シェールは薄暗い
中を進んだ。

「うわぁ」

 無造作に床へ置かれた貴金属に思わず目を見張った。視線を横へ移すと、隣りの麻袋に
もぎっしりと宝石が詰め込まれている。何の気なしに、彼はその中のひとつを手に取る。す
ると、それまで均衡を保っていた麻袋が一転、盛大な音を立てて横へ崩れた。

「ど、どうしよ…」

 青くなるシェール、そしてそんな彼の背後からバタバタと足音が近付いて来る。

「ガキが何してやがる」

「えっと、あの」

 男は床に散らばった金目の物とシェールとを見比べ、呻るような声を上げた。

「ごめんなさい!か、片付けます」

「触るな!」

 男は全くと言って良いほど怒りを抑えることを知らない。その様子に戦慄が走る。

「ひとの家へ勝手に入って、お宝をくすねようなんぞ十年早え」

「別に僕、泥棒しようと思ったわけじゃ…」

 弁解しようと目を上げると、いつの間にやってきたのか、いかにも人相の悪い男が数人、
自分を見下ろしていた。尋常でない光景にシェールは後ず去る。

「泥棒だってよ」

「そりゃこちとらだ」

「うそぉ…」

 下品な笑い声囲まれ、シェールは自身が最悪な状況に置かれていることに気付く。咄嗟
に駆け出すが、身体が震え、足がもつれ、いつものようには走れなかった。

「なんだ、追いかけっこか?」

「やだ!離して!!」

 いくらも行かないうちに捕えられ、軽々と宙に持ち上げられてしまう。

「離してってば!!」

「うるせえ!」

 男の怒声と身体を打つ音を最後に、シェールのわめき声がぴたりと止まった。