「何度同じことを言わせれば気が済むんだ」

 ある日の夕暮れ、相変わらずシェールは門限破りを繰り返していた。
 いつもの如くタリウスに叱られるが、弟は答えない。一応悪いと思っているようだが、
素直になるまでにはもう少し時間を要すらしい。

「俺だって好きで言っているわけではないんだが」

 黙りこくる弟を促すようにして見ると、もごもごとその唇が動いた。

「だったら言わなきゃ良いのに…」

「言うようになったな」

 小さな呟きをすかさず捉え、鼻で笑う。聞こえないと思っていたのか、シェールは取り乱す。
今ので益々兄を怒らせたと思った。

「しかしまあ、それもそうだ」

 だが、意外にもタリウスは弟の言葉に賛同した。シェールは不思議そうに兄を窺う。

「いくら怒ったところで、お前が変わろうとしないのなら意味がない。もう良い。好きにしろ」

「いいって…」

 悪いことをすれば必ずお仕置きというわけではなかったが、それでもきちんと反省するよ
う叱られるのが常である。今日のように謝罪も聞かないうちに、赦されることはまずなかった。

「話は終わりだ」

 困惑する弟を置いて、タリウスは席を立ってしまう。シェールは茫然とその場に立ち尽くし
た。叱られるのも嫌だが、中途半端なまま突き放されたら、それはそれでどうしたら良いか
わからなかった。

 この時を境に、兄の態度が目に見えて変わった。シェールの行動に対して、一切の小言
を言わなくなった。夜更かしをしようが、部屋を散らかしたままにしようが、まるで咎められ
ない。そうかといって、無視されているわけではない。話し掛ければ応えたし、朝夕の挨拶
もこれまで通り返した。ただどこか近寄りがたい雰囲気をまとっていて、以前のように気軽
に甘えることは適わなかった。

「ねえ怒ってるの?」

 突然変化した兄の態度に、シェールは何度かそう問うた。

「いや、怒っていないよ」

 しかし、その度に兄は淡々と否定するだけだった。元より叱られたくて悪さをしているわけ
ではなかったが、それでも張り合いがないことは確かである。