宿屋へ帰り着くと、女性陣に対する詫もそこそこに、彼らは濡れた衣服を着替えるた
め二階へ上がった。

　タリウスが髪を乾かし終わり、一息吐いているときのことだった。不安そうに自分を見
上げてくる弟と目が合った。

「わかったよ、シェール。さっさと済まそう」

　既に散々怖い目に遭ったのだ。罰するまでもなく反省出来そうなものだが、言い付け
が守れなければお仕置きだと予め宣言してある。このままにしておくのは、かえって生
殺しだろう。

「お尻ぶつ？」

「今日は部屋にいろと言ってあっだだろう。それを破って外へ行って、挙句雷が怖くて
帰ってこられなくなったのは、何処の誰だ？」

「ごめんなさい」

　他に返す言葉が見つからない。

「ほら、おいで」

　自分が悪いことは百も承知であるが、それでもシェールはお仕置きが怖くてたまらない。
　ここからタリウスのところまで距離にして二三歩だが、なかなか一歩が踏み出せなかった。

「ひっ！」

　そのとき、目の前がピカリと明るくなり、遅れて背後からゴロゴロという音が近付いて来た。

「いやあーん！」

　シェールは兄を目掛け、飛び掛からんばかりにしがみついた。

「大丈夫、ここにいれば安心だ」

　震える身体をタリウスがやさしく包み込む。しかし、安心したのも束の間、ひょいと持ち上
げられ膝の上へ俯せにさせられてしまう。

「やーだー！」

　慌てて逃げようとするがもう遅い。しっかりと背を固定され、ズボンが下ろされかける。

「ダメェ！今日はダメッ!!」

　いつもならここまで来れば観念するのだが、今日のシェールは往生際悪くバタバタとま
だ暴れていた。

「こら、大人しくしろ」

「やだ！絶対やだぁ」

　小さな手が懸命に抵抗する。

「何でまた？」

「だって、おへそ取られるもん！」

「は？」

「雷さま怖いもん！」

　その発想はなかった。流石のタリウスもこれには笑いを堪えることが出来ない。咄嗟
に口元へ手をやりなんとか声は出さずに済んだが、顔は盛大に笑った。なんとも腹筋が
痛い。

「大丈夫だよ。取られたところでそんなに困らないから」

　弟をなだめるために言ったことだが、言っている本人も何が大丈夫なのかよくわから
ない。その間もシェールは嫌だ嫌だと繰り返す。そろそろ本気で叱らねばなるまい。

「そんなことよりも、お前は自分の置かれている状況がわかっているのか。悪いことを
して、お仕置きを受けているのだろう。しっかり反省しなさい」

　自分を叱責する厳しい声にシェールはようやく大人しくなる。

「今から十回お尻を叩く。今日は自分で数えなさい」

「はぁい」

　何とも情けない声が返される。タリウスは一呼吸置いて、結局むき出しにしたお尻に
最初の一打を与える。

　ピシャン！

「あぅ…いっかい」

　パシン！

「にかい！」

　パシン！

「さんかい」

　パシン！

「よん…かい」

　パシン！

「ごかいー」

　パシン！

「うーろっかい」

　パシン！

「ああもうヤダ！じゅっかいぃ」

「コラ！ズルするんじゃない！」

　バシ！と一回、タリウスは悪ガキのお尻を一際強く叩いた。

「あん！ごめんなさいー。でももう何回かわかんないー！」

「まったくお前は…」
　
　泣きわめく弟を前に、一瞬教えてやろうかと思ったが、ズルをしようとした代償は自
分で支払ってもらうより他ない。そうでなくともこんなことをするのは舐められている証
拠だ。ここは厳しくいくことにする。

「だったら初めからだ」

「そんなのやだぁ！」

「数えないといつまでもゼロのままだぞ。ほら数えろ」

　パシ！と、それでも先程よりか幾分手加減した平手を与える。

「あーん！いっかーい」

　シェールは諦めて、ゼロクリアされた数を再び数え始めた。

「にかーい」

　その調子で六回までは緩めに叩いてやる。そして、残りの四回は徐々に力を強めていく。

「はぅ！じゅっかい！」

　その言葉を最後にシェールはパタリとベッドへ沈む。

「よーし、もう良いよ」

　結果的に、予定の二倍近くの罰をもらったお尻は今日も赤く色付いた。そんな哀れな
お尻をしまい、膝へ抱き起こす。ふと見ると、どうやら大事な弟のおへそは無事らしかっ
た。

「雷さま、見逃してくれたみたいだな」

「雷さまよりお兄ちゃんのが怖い」

　髪を撫でてやると、恨みがましくそう言われた。

「悪かったな。って、おい」

　今ので、ユリアの宿題が解けた気がした。

「なぁ、シェール。雷とオバケと俺と、どれが一番恐い？」

「お兄ちゃん」

　弟は遠慮がちに、だがはっきりと言い放った。


　了　2010.4.18　「雷とオバケと」　あとがき？