祭りの日は、文句なしの晴天だった。しかし、そんな天気とは対照的に予科生扮する鬼
たちの気は重い。

「これ、すごい走りにくい」

「ていうか、その前によく前が見えないんだけど」

 テイラーとキールのコンビである。確かに、丈増しするために作られた長靴は厚底で走
りにくく、鬼の仮面に空いた覗き穴は小さく視界が狭い。おまけに、ひらひらしたマントは
布の量が多く、上手くさばかないと足に絡まった。 

「あーん!やめてぇ、来ないで!」

「やだ!痛いー痛いっ」

 それでもなんとかして子供を捕らえると、予想以上の反応に段々面白くなってきた。日
頃、鞭に怯えているのは自分たちだというのに、今日は一転して怖がられる立場になっ
たのだ。

「ああ、怖かったね」

 見れば、ゼインが泣きだした子供の頭を撫でている。教官のこんな姿を見るのもまた一
興だった。

「おい、キール。あいつ、捕まえたか?」

 しばらくは別々に行動していたふたりであるが、街中で再び再会した。

「ううん。それがすごい足が速くて、なかなか捕まらない」

「やっぱりな。なんかオレ、燃えてきた。絶対捕まえてみせるから、手伝ってくれ」

 獲物は大きければ大きいほど達成感も大きいというものだ。彼らはひとりの少年に狙い
を定めると、全速力で追った。

「なんで僕ばっか追いかけるのさ」

 一方、少年、シェールも無我夢中で逃げた。あの中にはたぶん人が入っているのだろう
とはわかっていたが、それでもやはり怖かった。一緒にいたはずの兄とはどこかではぐれ
た。

「キール、この道はあっちとつながってるから、逆から来い」

「わかった」

 そこは地元民のテイラー、このあたりの地理には明るい。

「やーだー」

 途中で鬼はひとりに減ったが、相変わらずしつこく自分を追跡してくる鬼を振り返り、
シェールは喚く。次第にその距離が縮まっているのだ。

「うそーっ!」

 見れば反対側からも鬼が迫ってくる。鬼に囲まれ、シェールは絶叫した。鬼たちが手を
振り上げる。

「やだぁ」

 そうはいっても、実際はぺしぺしと軽く鞭を身体に当てるだけだ。殆ど痛みはない。
 
「わーん!」

 だが、問題は痛みよりも恐怖だ。大きな鬼ふたりに迫れられ、シェールはその場にしゃ
がみこんでしまった。流石にかわいそうになって、キール扮する鬼がつんつんとシェール
を突っつき、心配そうに顔を覗き込む。

「やー!もうヤダー!」

 間近に迫った鬼の面に、シェールは益々泣きだした。たとえ本体がどんな表情をしようと、
今日の彼らは常に鬼の形相なのだ。

「シェール」

 名前を呼ばれ、シェールは一目散に声の主のほうへと駆け出した。

「げ!」

「ジョージア先生!」

 二人は同時に呟く。

「大丈夫。シェール、大丈夫だよ」

 屈んで子供の背を擦っているその姿は、やさしさに満ち溢れていて、とても自分たち
の知っている教官と同一人物とは思えなかった。

「あいつ、先生の子だったのかな」

「わかんない。でも、どう見てもそうだよね」

 先ほどゼインがしていたことを思えば、通りすがりに子供を慰めているように見えな
くもない。だが、教官にしがみついて泣いている子供を見る限り、その可能性は限り
なく低い。

「二人掛かりで、それも挟み打ちをするとは、今年の鬼は随分と意地が悪い」

 低く言って鬼たちを睨みつけるのは、まごうことなく見慣れた教官だった。

「ヤバイ。どうしよう」

「オレたち、殺されるのかな…」

「あっ!鬼だ!!」

 すっかり凍りついた鬼たちを、子供たちの声が我に返えさせる。反射的に二人は声の
したほうを振り返る。子供たちがわあっと駆け出す。教官のほうを見ると、声なき声で、
行けと命じられた。

「ねえ、テイラー。思ったんだけど、ジョージア先生は俺たちが誰かわかってないんじゃないかな」

「ああ、言われてみればそうだな。ミルズ先生も、知っているのは一部の先生だって言ってたし。
知ってたとしても、仮面かぶってるし」

 子供を追い掛けながら、小声で会話を交わす。だが、なんとなくまだ安心出来ない。

「でも、もしばれたとしたら」

「何でオレたち鬼なのに、こんなにビビってるんだろう」

「それは先生が本物の鬼だからだよ」

 テイラーもキールも、タリウスの指導を受けたことがあった。それどころか、キールに
至っては、泣かされたことまである。その恐ろしさは実証済みである。

「ああもう、最悪だぁ」

 吐き捨てるようにして言うと、キールは走る速度を上げた。こうなったらヤケだ。街中
の子供を捕まえてやろうと思った。そうすれば、教官の子供だけを狙い撃ちにしたわけ
ではないと言うことが出来る。それに気付いたのか、テイラーもまたがむしゃらに走った。

 結局、この後ふたりは街中を全力疾走し、子供という子供を打った。途中で何故か大
人も追いかけまわしたりと、少々の暴走を見せながら、なんとか任務を果たした。

 この日、兵舎へ帰った彼らは、これまで課されたどの訓練のときより激しく疲弊していた。