昨夜から降り出した雪は、物の見事に降り積もり、辺り一面雪景色である。

 タリウスは細心の注意を払いながら、ゆっくりと雪道を歩んでいた。ふと視線を上げ
ると、宿屋の玄関に見慣れた影があった。

「お帰りなさい」

 シェールは雪をすくう作業を止め、いつものように兄を出迎えた。

「こんな寒い中、外にいたら凍えてしまう。早く部屋へ戻りなさい」

 いくら子供は風の子と言えども、もう日も傾き、徐々に寒さも増してきている。こんな
時間に雪遊びをさせて、風邪でも引かれたら厄介だった。

「いや。もっと遊びたい。今来たところだもん」

 挨拶代わりに説教をされ、口を尖らせる弟。タリウスはそんな弟の手をとる。確かに
冷たいが、芯から冷え切っているという感じではない。本当に今し方外へ出てきたばか
りなのだろう。

 弟には、雪が降っている間は外に出てはいけないと言い付けてあった。少なくともそ
の言い付けは守ったようだった。

「ねえ、お兄ちゃん。まだいいでしょう?」

 そうしている間も、シェールは兄の手をひっぱり、地団太を踏んだ。その様子があまり
におかしくて、思わず笑いそうになった。一体いつから、こうもストレートに自分を主張で
きるようになったのだろう。少し前までは、まるで遠慮の塊のようだった弟を思うと、目覚
ましい進化だった。

「わかった、わかったよ。ただし、30分だけだよ」

 自分でも甘いなと思いながら、結局条件付きで弟の雪遊びを許すことにした。

 タリウスは弟に手を貸しながら、じっくりとその様子を観察した。弟は活発に動き回り、
実によく笑った。一時はもう見ることが出来ないのではと思った笑顔だったが、幸いこう
してまた取り戻すことができた。それだけでも、自分の手元に置いて良かったと思った。

 日が陰り、突き刺すような寒さにタリウスは身震いする。時計を見ると、約束の時間を
越えていた。弟に目をやると、相変わらず無邪気な顔で雪と格闘していた。

「シェール、今日はもうおしまいにして、中へ入ろう」

「もう?」

 弟は明らかに不満そうな顔で自分を見上げてくる。そうだよと返すと、案の定もっとと
駄々をこねられた。素直に自分を表わすのは良いが、物には限度がある。

「ダメ。初めに約束しただろう」

「だって」

 その目が悪戯っぽく輝く。シェールは、兄へ背を向けると手近にあった雪を掴み、顔面
目掛けて投げつけた。

「こらっ!」

 雪は咄嗟に出したタリウスの右手に当たり、砕け散った。やり返されると思ったのだろう、
シェールはわっと走り出した。もちろん、その手には乗らない。

「言う事を聞けない子は、こうだ」

 弟の細腕を捕らえると、すぐさま自分へ引き寄せる。そして、ズボンと下着を一気に引
きずり下ろしてしまう。

「ウソ!いやぁ!寒い!!」

 まさかそんなことをされるとは思わず、シェールは本気で焦った。冷たい外気がお尻に
直接触れ、ひやっとした。

「心配しなくても、すぐに熱くなる」

 パシン!パシン!パシン!続け様に三度、小さなお尻に平手が降った。驚いたのと痛
いので、シェールは声が出せない。寒さで張りつめた肌に、それはあまりにも強烈なお仕
置きだった。初めに兄の言ったように、お尻だけが火のように熱かった。

「一度でちゃんと聞く子になりなさい」

 怖い顔でそう言われたら、肯くよりほかない。タリウスは溜め息を吐きながら、弟のズボ
ンを直してやる。そうして、白い小さなお尻に重なった紅葉を見たら、うっかりまた笑い出
しそうになった。その時、この子を笑わすのも泣かすのも自分次第なのだと悟る。

 タリウスは、叱られて大人しくなった弟の頭をぽんぽんとなでた。


 了 2010.2.9 「雪と少年」