お尻を叩く高らかな音に、子供の泣き声がこだまする。言わずと知れた、お仕置き真っ
最中である。

「全く、なんて意地汚い」

 しっかりとシェールを抱え、容赦なくそのお尻をひっぱたく。そろそろ手が痛くなってき
たが、まだまだ許すわけにはいかない。こんなにもタリウスが怒るのには、それなりの
理由があった。

 話は少し前に遡る。

 人気のない炊事場で、シェールは試行錯誤を繰り返していた。戸棚の上には、女将
が隠しているお菓子の缶がある。しかし、椅子に立ってもそれには届かない。そこで、
彼は椅子の上に手当たり次第物を積み、足場を作った。自作の足場によじ登り、やっ
とのことで缶を掴んだところで、不運にもタリウスに見付かった。現行犯で御用となっ
た彼は、言い逃れることも出来ず、そのままこっぴどく叱られる羽目になった。

「黙って人様の物に手を付けて、ごめんなさいで許されるわけがないだろう!」

 赤くなったお尻をなおも執拗に打つ。単なる悪戯とは訳が違う。今回ばかりは徹底的
にわからせる必要があった。

「他人の物を盗む人のことを何と言うんだ?」

「ドロボウ」

「そうだ。シェール、お前のことだ!」

 正解でも不正解でも、お尻をぶたれることに変わりはない。

「もうしない!しーなーいーっ」

 痛くて痛くてたまらなかった。なんとかこの痛みから逃れたくて、シェールは全身で暴
れた。

「当たり前だ!」

 しかし、タリウスにかかればそんなものは細やかな抵抗にしかならない。実際、弟に
足首を掴まれても、彼は顔色一つ変えなかった。

「お前がこんなに行儀の悪い子とは知らなかった。もっと厳しく躾なくては」

「嫌だぁ」

 今だって充分厳しいのにと、シェールは心密かに思う。もちろん、そんなことを言え
るはずもないのだが。

「だいたいお菓子が欲しいのなら、何故俺に言わない」

「だって、お兄ちゃんには言っちゃいけないんだもん」

「どうして?」

 お尻を叩く手が止まる。何故そんなことを言うのか、知りたかった。

「本当のお兄ちゃんじゃないから」

「何?わかるように説明しなさい」

 出鱈目を言っているようには思えなかった。タリウスは、弟のお尻をしまってやると
自分の前に下ろした。

「お兄ちゃんは本当のお兄ちゃんじゃないから、おねだりしちゃいけないんだ」

「誰がそんなことを?」

「教父長様」

 意外な人物の名に、しばしタリウスの動きが止まる。そして、泣きじゃくる弟を前に、
途方に暮れた。聖職者の言うことを律義に守った結果がこれなのだ。

「教父長様の言ったことは忘れろ」

「どうして?教父長様はいつだって正しいのに」

 納得出来ないとばかりに、シェールは兄を見上げた。

「正しいよ。正しいけど、でも正しくないときもたまにはあるんだよ」

 言いながら、これでは弟を混乱させるばかりだと気付く。弟の頭上には大きなはてな
マークが浮いているようだった。

「あのねえ、シェール。確かにお前は本当の弟ではないし、息子でもない。だけど、間違
いなくうちの子なんだよ」

 泣き腫らした頬をそっと撫でる。その手を小さな手が更に触った。

「だから、兄ちゃんにだけは、わがまま言って良い。お前のお願いをみんな聞くかどうか
はまた別問題だけど、何かあったらとりあえず遠慮せずに言ってごらん」

 シェールは素直にうなづいた。

「それから、もう二度と他人の物を盗ってはいけない。良いな」

 話が脱線したが、一番わからせたいのはこれだ。

「もうしない。約束する」

「よし。もう良いから、引っ張り出してきた物を片付けなさい」

 手製の足場は、タリウスに見付かった時に無惨にも崩れ落ちた。シェールははれ上がっ
たお尻を擦りながら、床に散乱した日用品を拾い集めた。その様子を見ながら、たかがお
菓子のためによくここまでやったとタリウスは半ば感心した。


 了 2010.1.1 「泥棒と赤いお尻」