候補生と共に朝食を済ませると、タリウスは長かった夜勤を終え帰路に着いた。

 同僚たちのほとんどが寄宿舎へ住み込んでいる中、独身でありながら子連れの彼は、
相変わらずの宿屋暮らしを続けていた。多少出費はかさむが、食事の心配をしなくて
良い上に、気心の知れた女将に、留守中子供の世話を頼めるのは大変都合が良かっ
た。

「お帰りなさい、お兄ちゃん」

 玄関の段差からシェールが飛び降りる。

「ただいま。待っていてくれたのか?」

 とびきりの笑顔で自分を出迎える弟に、満たされた気持ちになる。待っているひとが
いるというのが、こうも嬉しいとは知らなかった。

「そうだよ」

「そうか、ありがとう」

 髪を撫でると、弟は気持ち良さそうに笑った。

「昨日はひとりで眠れたか?」

「うん。でも、やっぱり僕お兄ちゃんと一緒が良い」

 少しずつ大人になっているとはいえ、やはりまだまだ甘えたい盛りなのだ。一緒にい
られる時間が少ないことを申し訳なく思う。

「ねえ、お兄ちゃん。一緒に遊んでくれる?」

「ああ。良いよ」

 何ともお安いご用だった。タリウスは玄関の扉を開けると、荷物を下ろした。

「そんなところで、一体何をしていらっしゃるのですか?」

 ギョッとして、ユリアが声を上げる。宿屋の裏手の茂みに、タリウスが潜んでいるの
を見付けたのだ。

「何って、シェールと隠れんぼ」

「隠れんぼ?徹夜明けなんですよね」

 予期せぬ受け答えに、呆気にとられた。

「徹夜と言っても仮眠を取ったし、それに二三日寝なくてもどうってことないですから」

 言われてみれば、確かに疲弊しているようには見えない。が、それでも普通に考えて、
疲れていないわけがなかった。

「でも、少し休んだほうが。お疲れでしょうに…」

「お兄ちゃんみっけ」

 無邪気な声に振り返ると、小さな指が自分に向けられていた。

「もう見付かってしまったな」

 タリウスは立ち上がって、身体に付いた枝葉を手で払った。

「ねえ、お兄ちゃん疲れてるの?」

 どうやら直前の会話を聞いていたらしい。心配そうなシェールと目が合った。

「いや、気にしなくて良い。お前と遊んでいるときが一番楽しいし、むしろ元気になる」

 本心からそう思った。彼とて、初めは子供を抱え、慣れない仕事に従事するのは不
安だった。だが、今はシェールの存在こそが原動力なのだ。

「さあ、早く隠れろ」

「あー!待ってぇ!」

 顔を覆い、早々に数を数え始める兄を見て、慌ててシェールが走り出す。そんなふ
たりを見て、彼等の間に入るのは不可能だと、改めてユリアは思うのだった。


 了 2009.12.30 「家路へ」