シェールが眠りについた後、大人二人は台所で酒を囲んでいた。

「まさか毎晩飲んでいるのか?」

 次々とグラスを空ける旧友に、タリウスは苦笑いを送った。

「失礼ね、そんなわけないでしょうが。ひとりのときは飲まないわよ。全くひとを酒豪み
たいに言わないでちょうだい」

 自分の知っている彼女は、間違いなく酒豪なのだが、当の本人にその自覚はないらし
い。

「でもさ、ダンナはまるで飲めなかったから、あれは流石に気の毒だったわね」

「確かに、付き合い程度もダメだったからな」

 エレインの亡き夫は下戸で、ふたりの婚礼の席でも、次々と注がれる祝酒を片付けて
いったのはもっぱらエレインだった。タリウスはそんな昔のことを懐かしく思い起こてい
た。

「で、どうしたのよ。こんな時期に、休暇ってわけでもないでしょう」

 グラスを置いて、正面からタリウスを見据える。

「それが本当に休暇なんだ。実は異動になってね」

「良かったじゃないの。ここへ寄ってくれたってことは、中央に戻れるんでしょう」

 もともとエレインもタリウスも中央出身の軍人だ。それが、エレインは妊娠を機に除
隊しており、タリウスについては数年前に余所へ配属換えになっていた。

「まあ中央は中央でも、士官学校なんだが」

「士官学校?じゃあ、あなた先生になるの?」

 エレインが目を丸くする。

「そういうことになるな。おかしいか?」

「いいえ。あなたは品行方正だし、面倒見も良いから、向いていると思うわ。かくいう私
も、散々お世話になったし」

 タリウスは昔、エレインに乞われ、彼女の実技指導を行なっていた。それこそが、同
期でもない彼らが仲の良い所以だった。

「それに、教官なら子供達に好かれる必要もないしね」

「どういう意味だ」

 茶目っ気たっぷりに微笑むエレインに、仏頂面のタリウス。
似ても似つかないふたりったが、どういうわけか昔から妙に馬が合った。

「あはは。良いじゃない、鬼教官って感じで」

 自分を指差し、笑いこけるエレインに、変わってないなと呟くタリウス。彼女には敵
わないのだ。

「ああでも。うちの子はあなたのことが好きみたいよ」

 エレインはふたりが短時間ですっかり仲良くなってしまったことを思い出す。

「シェールか。大きくなったな」

 最後に会ったのは、件の葬儀のときだ。そう考えると、成長して然りだった。

「あれでいて、結構身体能力が高いのよ。歳のわりに力が強いし、足も速いの」

「親譲りというところか。将来は軍人にするのか?」

「ダンナはそのつもりだったみたいだけど、なんせ虫も殺せないからね」

 言って、エレインは大きく溜め息を吐いた。

「ちょっと前にうさぎが迷い込んで来たんだけどさ。食べたいって言ったら、オニだって
泣かれたわよ」

 らしいな、とタリウスは声を立てて笑った。まるでその時の様子が目に浮かぶようだっ
た。

「ねえ、タリウス。気が向いたら、あの子と遊んでやってよ。結構いい運動になるからさ」

「ああ、わかった」

 子供の扱いなどまるでわからなかったが、不思議と嫌ではなかった。

「良かった。本気で助かるわ」

 ほっと一息ついて、タリウスのグラスに酒を注ぎ足す。こうして、宴は深夜まで続いた。