「ちょっとゼイン!何やってるのよ」
「あまりに魅惑的なフォルムだったから、つい手が出てしまってね」
炊事場に侵入者をみとめ、ミゼットが殺気立った声を上げた。皿に乗せておいたチョコレートがひとつ減っている。見れば、ゼインが丁度何かを飲み下すところだった。
「もう!つまみ食いをしてはいけないとあなたはママに教わらなかったの?」
「教わったような気もするが…そういう君だって、しょっちゅうやっているじゃないか」
「私のは味見よ。これじゃ人に対してお行儀がどうとか言えた義理じゃないじゃない」
珍しくもっともなことを言われ、すぐには返す言葉が見付からなかった。
「…すまない。だが、それにしたって、そんなに怒ることでもなかろう」
「怒るわよ。だってこれは後で………あなたにあげようと思ったんだもの」
「それならば、尚のことそう目くじらを立てずとも………ああ、今日はそういう日か」
世に言うバレンタインデーだと、話している最中に気付く。
「そうよ。で、どうだった? 」
「もちろん、おいしかったよ」
あまりにサラリと返され、ミゼットは絶句する。部下をチョコレートまみれにし、若干アルコール漬けにして、今日まで試行錯誤を繰り返したのだ。もう少し感動してくれても罰は当たらないはずである。
「そう、良かった。じゃあ、残りはシェールにでもあげるわ」
「何を言い出すんだ。だいたいボンボンなんて子供の食べるものではなかろう」
「あら平気よ。シェールはいける口だもの」
「何を馬鹿なことを」
「それに、もし彼の父親の口に入ったところで、私は一向に構わないし」
意地悪く言うと、途端にゼインが発火した。
「父親に?冗談じゃない。何の義理があってそんなことをするんだ。だめだ。妙な噂でも立ったらどうする。いいか、ミゼット。絶対にそんなことをしてはいけない!」
「わ、わかった」
まさかここまでムキになるとは思わなかった。 その剣幕に、笑うのも憚られるほどだった。
「やっぱり、予定通りあなたにあげることにする」
予想外に面白いものが見られたことだし、それに、お礼を言い倒されるよりか、こちらのほうがらしくて良い。
〜Fin〜 2011.2.11 St.バレンタインてなわけで、期間限定で置いていました。