「ねぇ、先生」

「君は時々私を先生と呼ぶが、何故だい」

 ミゼットに合い鍵をやり、同時に彼女が自宅へ転がり込んできてからかなりの時が経つ。兵舎ではともかく、こうしてふたりでいるときは名前で呼ぶのが常だが、それでも時折昔の呼び方で自分を呼んだ。彼女が自分を先生と呼ぶのは、叱られている最中ともうひとつ。

「だって、そのほうが我が儘言いやすいんだもの」

 何かをねだるときだった。

「私を先生と呼ぶ輩はそれこそごまんといるが、名前で呼ぶのは、親以外には君くらいなものだよ」

「あらそう。それじゃゼイン。これ買って」

 彼女は新聞の折り込み広告らしい切り抜きを寄越す。新しく出た香水か何かのようだった。

「ああ、いいよ」

 無邪気に喜ぶミゼットを見ながら、名前で呼ばれようが何だろうが、これまで彼女の欲しがる物は殆どすべて与えてきたと思い返していた。唯一、部下の養い子を除いては。

「もうひとつ聴きたいのだが、君にとって教官の私は怖くはなかったのか」

「そりゃ怖かったけれど。でも、あの頃のが甘かった気がする」

 元教え子の突っ込みは意外にも鋭い。当時、古株の教官から彼女を庇おうと立ちまわっていたことを、どうやら見抜いていたようだった。


〜Fin〜 この頃はこんなにひっぱるネタになるとは思わず。