「ユリアちゃん、ちょっと」

 食堂を通りかかると、背後から小声で呼び止められた。

「あら、お出掛けですか?」

 振り返ると、妙にめかしこんだ女将と目が合った。

「まあ、そのちょっと、組合の会合で…。悪いんだけど、夕飯下ごしらえしておいたから、後適当にやって食べてくれるかい」

 あんたたちしかいないし、と女将。彼女の中では、隣室の兄弟と自分は1セットになっているらしい。

「それはかまいませんけど…」

「そうかい、悪いね。助かるよ」

 女将はいそいそとその場を立ち去ろうとする。なんだか妙に落ち着かない。

「ねえ、女将さん」

「な、なんだい」

 ユリアにまじまじと見つめられ、女将が身構える。その目が明らかに泳いでいる。

「髪、結って差し上げましょうか」

「え?な、なんで」

「会合なんですよね。それも、旅館組合がわざわざ夕食時に開くくらい重要な」

 しまったと青ざめる女将に、にこやかな笑みを浮かべるユリア。

「ね、そうしましょう」

 ぽかんと口を開けたままの女将を伴い、話は決まったとばかしにユリアはくいくいと廊下を進んだ。


〜Fin〜 2010.9.13