「喧嘩?!それって、親子喧嘩ってことですか」

 上官の台詞に、キールは素頓狂な声を上げた。話題の中心は、恩師の養い子であり、上官の友人の忘れ形見である。

「当然そういうことになるわね。別に珍しくも何ともないわよ。でもって、しょっちゅう出ていけ出ていくの話になって、うちにもよく逃げ込んでくるもの」

「家出?まあ、気持ちはわからなくもないですけど」

 自身の訓練生時代を思い返してみると、兵舎から、もっと正確に言えば鬼教官から、逃げ出したいと思ったことは一度や二度ではない。

「そうそう。あんたがジョージア教官を苦手にしているように、彼も、あのおっかないおとうさんも、唯一うちの先生のことだけは苦手に思っているのよ。そのことに、いい加減あの子も気付いたのね」

「ああ、それでお宅に逃げ込んで来るわけですね。でも、先生の唯一の弱点もやっぱり先生っていうのは意外でした」

「若い頃のゼインは、今より厳しかったからね。まあ、厳しさの方向があんたの先生とは違うけど」

「どういうことですか?」

 キールは上官を覗った。

「前に言ってたじゃない、鬼の追試のこと。ジョージア教官は出来るまで何度でもやらせるけど、ゼインはそうじゃない。ある程度のところで線を引いて、それ以上は救わない。昔は簡単に落後者を出したのよ」

「流石ミルズ先生は容赦ないですね。救いがないっていうか。そう考えると、ジョージア先生が厳しいのは…」

「ある種のやさしさと考えるべきね」

「やさしさ」  言っていることはわかるのだが、どうにもその四文字がかつての師には結び付かない。脳裏に映る恩師は今日も不機嫌にこちらを見ていた。


〜Fin〜  2020.3.7