扉を開けた瞬間、冷たい風が吹き抜けた。
「すまない。今閉めるから」
予想外の寒さに身震いするミゼットを夫は見逃さなかった。どうやら直前まで考え事をしていたらしく、ふいに感じた人の気配に我へ帰ったようだった。
「今ね、昔の自分と話していたの」
パタンと音を立て、窓が閉まる。もしかしたら今の一言で夫を怒らせたかもしれない。
「偶然会って、何となく放っておけなかった。ねえ、昔の私って、やっぱりあんなふうだった?」
「さあ。覚えていないな、そんな昔のこと」
つまるところ、この件については何も話したくないのだろう。刹那的にある疑問がミゼットの脳裏をめぐった。
「よくよく考えてみれば、あなたには彼くらいの子供がいてもおかしくないのよね」
「ごく簡単な引き算をすればね」
「ねえ、ひょっとしてあなたの子供なの?」
「なんでそういう話になるんだ」
夫の目の色が変わる。狼狽しているのか、ただ単に驚いているだけか、にわかには区別がつかない。
「だって、ちょうど私を北部に追いやった頃よ」
「追いやったって、そんなふうに思っていたのか」
「だってショッキングだったし、それに悲しかったもの」
「私が君たち姉妹の仲を引き裂いたとでも?」
「それもあるけど、でもそれよりもよ」
「何だね」
あくまで苦い顔のまま、夫は自分を窺った。
「私よりエレインを選んだんだって思ったら、どうかなりそうだった」
「本気でそんなことを思ったのか」
「当時はね。子供だったのよ」
ふう、と大きなため息が漏れる。
「これ以上君の想像がふくらむ前に、少しばかり弁解させてくれないか」
そう言うと夫はベッドに腰を下ろした。
「彼には、レイドには歴とした親がいた。このことは後で母にでも聞いてもらえればわかる。大体からして、見た目には少しも似ていないだろう」
「見た目には?」
「内面的なものについては、自分に似たところがあると思う。だからこそ、何かと構いたくなる。それだけだ」
その言葉を最後に、夫は黙りこくった。
~Fin~ 2012.1.14 「道標」の3と4の間に入れようと思ってボツった原稿。数時間前に携帯から発掘。