「ねえとうさん。それ、ずっとそこに置いとくの?」
几帳面な父は、持ち物のすべてを引き出しにしまい、棚の上には読みかけの本など一時的に使うもの以外置いていない。ところが、ここ数日例外が発生した。
「そのつもりだが、嫌か」
「うん。やだ」
シェールは棚の上のパドルを憎々しげに見やった。こいつのせいで出来た痣は数日経っても消えないというのに、こいつときたらまるで無傷だ。
「良い抑止力になると思ったんだがな」
「よくしりょくって?」
「そいつを見るだけで反省出来るだろう。だから、お前は怒られなくて良いし、俺は怒らずに済む」
「嫌だよ、四六時中怖いおもいするなんて」
「怖いのはパドルじゃなくて、それを使うとうさんだろう?」
「それはそうだけど。でも僕、とうさんのことはキライになりたくない」
なかなか可愛い気のある発言である。困り果てた瞳に見上げられ、タリウスは苦笑した。そうまで言うのなら、ここはひとつパドルに悪役を引き受けてもらおう。
「わかった。そいつは引き出しにしまっておけ」
「良かった!」
本当は触れるのも嫌なのだろう。シェールは穢れたものでも扱うように、パドルを引き寄せた。
「違う、そこではない。お前の引き出しにしまうんだ」
「うそ!なんで!」
「そいつはお前のものだろう」
「違うよ。とうさんがおばちゃんから借りてきたんじゃないか」
「女将はお前にと言って貸してくれたんだ」
「え〜。やだよ、いらないよ」
「だったら、そこに置いておきなさい」
「そんな〜。やっぱりとうさんなんてキライだ」
〜Fin〜 2012.8.25