「奥様っ!ただいまです!」
勢い良く扉が開かれ、勝手口からメイドが飛び込んでくる。
「ただ今帰りました、でしょう。随分遅いお帰りね、アシェリー」
主人の声はどこまでも不機嫌である。アシェリーははっとして口に手を当てた。反対の手には野薔薇が数本握られている。
「奥様、これ…」
「お遣いのときには寄り道をしてはいけないと言った筈よ」
「…ごめんなさい」
「あなたはうちへ遊びに来ているわけじゃないの。言われたことをしっかりやって、ダメと言われたことはやらない。いい加減覚えて頂戴」
「はい、奥様。ごめんなさい」
アシェリーはうなだれて、両手を後ろへ持っていく。その様子にふうとミゼットが溜め気を吐いた。
「あなたの気持ちは嬉しいのよ。綺麗なお花、よく見せて」
怖々と差し出された手は薔薇の棘で傷だらけだった。ミゼットは少女から花を受け取る。
「痛かったでしょう。薬を塗ってあげるから、持っていらっしゃい」
「はい」
傷付いた手をやさしくさすられて、叱られていたことなど忘れてしまったかのように、ほわんとした心地になる。
「あの娘が私の娘なら、手放しで褒めてやるところなんだけどね」
パタパタと駆け出す姿を見送りながら、ミゼットはひとりごちた。
〜Fin〜 2010.9.4