「ただい…ま」

「おかえ…!ミゼット、一体どうしたんだ」

 玄関へ向かうと、少し前に出仕した筈のミゼットが、全身びしょ濡れになって肩で息をしていた。

「川にでも落ちたのかい?」

「いいえ、自分から飛び込んだの」

「それはまた随分と変わった趣味をしているね」

「違う!」

 寒さのせいもあるのか、彼女はわなわなと震えていた。

「子供が川に落ちたというから、仕方なく入ったの!こんな格好をしてるし、無視出来ないじゃない?だけどいざ助けてみたら、子供は子供でもかわいらしい子犬だった!!」

「それはそれは。良いことをしたね、ミゼット」

 微笑みながら肩を抱いてやると、彼女はわあっと自分へ泣き付いてきた。緊張の糸が切れたに違いない。そう思い、しばらくは濡れた髪を撫でてやった。

「しかし、あのカナヅチがねぇ」

「カナヅチはもう卒業した!ええ、もう先生のお陰で!!」

 うっかり放った一言が、おさまり掛けた怒りに再び火を点けた。

「まだ根に持っているのか?昔、私が君を…池に突き落としたこと」

「当たり前じゃない。殺されるかと思ったわ!今生きていられるのが不思議なくらいよ!」

「士官が泳げませんでは話にならない。現にこうして役に立っているんだ、良かっただろう」

 涙ながらに訴えるミゼットを見ながら、やはりこれで良かったと思い返す。どんなに恨まれようとも、彼女の命は何物にも変えられない。

〜Fin〜  2010.12.15